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水琴窟の"水音"を訪ねる旅(12)【前編】滋賀県甲賀市 多羅尾代官所跡

Posted on 2015.12.14(Category:全国水琴窟情報局)

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皆様、お久しぶりです。
今年3月以来の『水琴窟旅』です。
しかし今回は"水音"はしません。水琴窟"跡"です。

行って来たのは多羅尾代官所跡です。
信楽の深南部(ディープサウス)、
三重と京都の県境です。

俺の親元です。ついに町内です。
手軽に済ませている訳ではありません。
ここで江戸時代の水琴窟跡が発見されたと言うのです。
これは全国的に見ても珍しい事です。
早速リポートします。

▼<<水琴窟は寿命が短い
今、色んな所にある水琴窟には、
極端に古いものはありません。

地下に埋める形状ですので
手入れをしないとすぐに土で埋まります。
現役の水琴窟はここ10年~20年築の物が多いです。

お寺とかに有ると
江戸時代から設置されてると思う方が多いですが
実は殆んど最近に作られたものです。

そんな中、この多羅尾代官所跡で発見された水琴窟は
確実に江戸時代、幕末辺りの物と思われます。

▼<<そもそも多羅尾代官所とは?
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この地域、近辺の天領(幕府直轄領)を
取り仕切った代官所です。

天領の石(米)を徴収し、
治安維持(警察)の機能も果たしていたそうです。
多羅尾には処刑場跡もあります。

天領ですから
代官の多羅尾氏は幕府直轄のお役人になる訳です。
中央官僚が地方に来るみたいな感じでしょうか。

天下泰平の江戸時代、
かなり有力な幕臣として扱われたらしいです。

▼<<そもそも何故、多羅尾に代官所が置かれたのか?
信楽町多羅尾地区は伊賀のすぐ裏です。

伊賀は京都、大坂(当時の漢字)に
東海道とは裏ルートで抜けられる戦略上重要な都市でした。

徳川家康が大坂侵攻の備えとして城普請の名人、
藤堂高虎に伊賀上野城を作らせたのもその為です。
大坂を攻めるに当たって重要地域だからです。

(でも出来た城が凄すぎて
逆に藤堂高虎にあらぬ疑いが掛けられたそうです。
だから築城して直後に潰したらしい。)

京都は天皇の皇居がある【権威】の中心地、
大坂は天下の台所【経済】の中心地です。
徳川幕府に謀反を起こすなら
"伊賀"は抑えなければならぬ要衝です。

ですのでこの地域にある程度幕府の目を光らせ、
地域の情勢を掴み、又は扇動、操作する為に
代官所を置いたのではと僕は思っています。

甲賀、伊賀の忍者勢力とも連絡が取りやすい場所です。
伊賀の忍、服部半蔵は幕府お抱えの諜報員です。
江戸城の"半蔵門"は服部一族が代々、
管轄下に置いていました。
その役目は諸藩や反幕府勢力の情勢を分析して
江戸城の"中央"に挙げる事です。

服部一族の勢力とも
情報や連絡を取り合っていたと思います。

▼<<そもそも多羅尾とは?
全く水琴窟と関係無くなって来ました・・・。
しかしもうちょっと聞いて下さい。
多羅尾を解説しないとこの"水琴窟跡"の凄さは解りません。

滋賀南部、甲賀地方一帯は
藤原氏の流れを汲む近衛氏の荘園でした。
戦前の総理大臣近衛文麿の一族です。

ちょっと前の総理、
陶芸家で日本新党の細川護煕さんもその一系です。
(僕は純朴陶芸家ですがこの人は元総理陶芸家です。)

それを地元の豪族、多羅尾氏が
奪い取っていったみたいです。
室町時代、戦国の世の話です。

ですから多羅尾を中心とした地域は
元々は時の中央政府の
勢力外みたいな所だったと思います。

それが徳川家康の伊賀越えの時に協力したみたいです。
天下がどう転ぶか解らなかった時に
多羅尾は家康に付いたわけです。
さすが狸親父、一体どんな手を使ったのでしょう。

京を中心に事実上のクーデターが起こってる時に
多羅尾はとにもかくにも家康に協力した訳です。

考えたら恐ろしい事です。
もし明智の天下になっていたら
多羅尾は郷ごと葬り去られたでしょう。

情報収集にかけては
伊賀、甲賀は当時から優れていたのでしょう。
家康もかなりの事を言ったに違いない・・・。

その時の恩に家康が報いたのが
多羅尾代官所設置の経緯と言われています。

・・・やっと多羅尾及び代官所の説明が出来ました。
そこの水琴窟はこの【後編】で解説します。

全く水琴窟に辿り着きませんでした。
申し訳ない。

次回、
水琴窟の"水音"を訪ねる旅(12)の【後編】やります。
そこでたっぷり水琴窟"跡"をご紹介します。
お楽しみに。

※多羅尾代官所跡
現在(2015年12月時点)は市の管理になっています。
春と秋には公開されます。

地元の多羅尾区民の方々が
有志で保存会を作っておられ
公開期間中は見学イベント等を行う事もあります。
是非、水琴窟跡も観に行って下さい。

水琴窟の"水音"を訪ねる旅(12)【後編】はこちらから。

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