水琴窟の?水音”を訪ねる旅(13)教林坊再び・・・

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昨日行って来ました。
久々の?水琴窟探訪”です。
純朴水琴旅陶芸家の
奥田大器です。

近江八幡の教林坊。
2年前に続き教林坊再びです。

我が心の水琴窟の
水音を確認しに行って来ました。
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侘しい・・・。
ただ侘しい・・・。
2年前より?侘しさ”が少しは
理解出来る様になったと思いますので、
ですので2回繰り返します。

紅葉の時期ではないので
騒がしさ、雑音何もありません。
民家の奥にひっそりと有るお寺です。
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?美しい”という訳では無い。
自然の力強さが有る庭です。
自然と一体になっている庭、
そんな感じを強く受けます。

紅葉も?力”が感じられるに
違いないと思います。
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この道の突き当りが
?水琴窟”です。

その水音は自然です。
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竹筒から響く微かな水音です。
美しい気持ちが静まる音です。

しばらく待つと
キーンキーンと一定の間隔を開けて
耳に響いて来ます。

そんなに派手じゃなくて良いんだと
改めて感じさせてくれます。
やはり?水琴窟”は周りの空間や
物語を含めて感じる物です。

『大器の器』の水琴窟(陶琴)
逆説的にそれを目指しています。

陶琴を使う事により
周りの場や感じる物語を
?改めて”作っていく
作品にしたいと思っています。
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本当に微かに響く水の破裂音です。
2年前より小さくなっています。

でもそれが良いんだと思います。
庭の雰囲気、個性、物語、
全てが一体になっているので
違和感は感じません。

こんな?教林坊”の様な
作品を作るのが目標です。

ひょっとしたら
水琴窟が答えではないかも知れません。
そんな事を感じました。
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今回もしっかり拝ませて頂きました。
人々の想いや信仰を
受け続けるのが観音様です。

唯物論的な有る無いでは
解釈出来ない不思議な?念”の様な物は
有ると僕は思います。
単純なオカルト的な事でなく
?心”という解釈をしていきたいと
思っています。

陶器作品(商品)に感じる
迫力や嬉しさという物は
作り手や売り手のそんな想いが
詰まっているから
伝わる物だと思います。
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又、想いを整理したい時には
行きたいと思います。

信楽からめっちゃ近いし。

※教林坊
【住所】
滋賀県近江八幡市安土町石寺1145
【電話】
0748-46-5400

水琴窟の”水音”を訪ねる旅(12)【後編】滋賀県甲賀市 多羅尾代官所跡

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多羅尾代官所跡に発見された”水琴窟”跡
そのレポート、後編です。

前回までの水琴窟情局はこちら
水琴窟の”水音”を訪ねる旅(12)
【前編】滋賀県甲賀市 多羅尾代官所跡

前編では多羅尾の説明で終わってしまいました。
この後編で水琴窟跡に迫ります。

この上の写真が代官所跡の入り口です。
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これが当時の写真です。
ほぼ同じアングルです。

水琴窟はこの陣屋の中の部分から発見されました。
この写真の門をくぐる形で上がって行きます。
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階段を上がって行きます。

この上が・・・、
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こんな感じで開けています。
ここに中庭が広がっていたんだと思います。

この奥に、
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民家跡があります。

その前にロープで囲われた一角が!!
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これが多羅尾代官所に設置されていた
水琴窟跡です。

しっかりと甕が埋まっています。
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反対側のアングルどうぞ!!

結構深い。
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もう一丁どうぞ。
なんせこれしか写真の撮り様がありませんから・・・。

民家がある場所から考えるに、
陣屋の中心の入り口に設置されていたと思います。
周りの石の配置から見ても
水音を聴く為の物だったとも違うと思います。

実はこれに似た水琴窟跡は、
函館の五稜郭でも発見されています。
五稜郭が出来たのは江戸末期ですから
この手の”水琴窟装置”が幕末に流行ったのではないかと
僕は考えています。

因みに五稜郭で発見された水琴窟には
信楽焼の甕が使われていたそうです。
という事は信楽は当時から甕の産地だったと思います。

冷蔵庫も水道も無い時代、
“甕”は重要な水や食料の貯蔵庫だったと思います。
現代の白物家電みたいな感覚で
全国に信楽の甕が広がっていたのかも知れません。
近江商人が買い付けていたのかも知れません。

で、この水琴窟装置ですが
来客を知らせる為の物だったのではないかと
考えています。
この上に板を敷いて踏むと
甕から反響した音が周りに響く。
(五稜郭のも同じ目的だったそうです。)

本当にそんなに音が響くのか?
響いたらどんな音なのか?
興味が絶えません。
ホンマに出来るのかなそんな事。

でも奥田大器はその様に考えています。
その方が純朴水琴窟陶芸家としてロマンがある。

こんな水琴窟を応用した装置が
幕末の全国各地の武家屋敷にあった。
武家の嗜みとして水琴窟を重宝する。

良いじゃないですか。
創作意欲も湧くもんです。
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この水琴窟跡の横には
こんな石塔も建っています。

これからも庭にあったのは
間違いないと思います。

水琴窟陶芸家の親元から
近世の水琴窟が発見される。
これは完全に縁です。
(本当に親元の近所です。)

これからも水琴窟作りに邁進して行きます。

これにて第12回水琴窟の旅後編終了です。
皆様、不定期ですが第13回も待っててね。
今回はさようなら。

【追伸】
『大器の器』Webショップ年末年始営業のお知らせ。
http://bit.ly/1ItU6kn

水琴窟の”水音”を訪ねる旅(12)【前編】滋賀県甲賀市 多羅尾代官所跡

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皆様、お久しぶりです。
今年3月以来の『水琴窟旅』です。
しかし今回は”水音”はしません。水琴窟”跡”です。

行って来たのは多羅尾代官所跡です。
信楽の深南部(ディープサウス)、
三重と京都の県境です。

俺の親元です。ついに町内です。
手軽に済ませている訳ではありません。
ここで江戸時代の水琴窟跡が発見されたと言うのです。
これは全国的に見ても珍しい事です。
早速リポートします。

▼<<水琴窟は寿命が短い
今、色んな所にある水琴窟には、
極端に古いものはありません。

地下に埋める形状ですので
手入れをしないとすぐに土で埋まります。
現役の水琴窟はここ10年~20年築の物が多いです。

お寺とかに有ると
江戸時代から設置されてると思う方が多いですが
実は殆んど最近に作られたものです。

そんな中、この多羅尾代官所跡で発見された水琴窟は
確実に江戸時代、幕末辺りの物と思われます。

▼<<そもそも多羅尾代官所とは?
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この地域、近辺の天領(幕府直轄領)を
取り仕切った代官所です。

天領の石(米)を徴収し、
治安維持(警察)の機能も果たしていたそうです。
多羅尾には処刑場跡もあります。

天領ですから
代官の多羅尾氏は幕府直轄のお役人になる訳です。
中央官僚が地方に来るみたいな感じでしょうか。

天下泰平の江戸時代、
かなり有力な幕臣として扱われたらしいです。

▼<<そもそも何故、多羅尾に代官所が置かれたのか?
信楽町多羅尾地区は伊賀のすぐ裏です。

伊賀は京都、大坂(当時の漢字)に
東海道とは裏ルートで抜けられる戦略上重要な都市でした。

徳川家康が大坂侵攻の備えとして城普請の名人、
藤堂高虎に伊賀上野城を作らせたのもその為です。
大坂を攻めるに当たって重要地域だからです。

(でも出来た城が凄すぎて
逆に藤堂高虎にあらぬ疑いが掛けられたそうです。
だから築城して直後に潰したらしい。)

京都は天皇の皇居がある【権威】の中心地、
大坂は天下の台所【経済】の中心地です。
徳川幕府に謀反を起こすなら
“伊賀”は抑えなければならぬ要衝です。

ですのでこの地域にある程度幕府の目を光らせ、
地域の情勢を掴み、又は扇動、操作する為に
代官所を置いたのではと僕は思っています。

甲賀、伊賀の忍者勢力とも連絡が取りやすい場所です。
伊賀の忍、服部半蔵は幕府お抱えの諜報員です。
江戸城の”半蔵門”は服部一族が代々、
管轄下に置いていました。
その役目は諸藩や反幕府勢力の情勢を分析して
江戸城の”中央”に挙げる事です。

服部一族の勢力とも
情報や連絡を取り合っていたと思います。

▼<<そもそも多羅尾とは?
全く水琴窟と関係無くなって来ました・・・。
しかしもうちょっと聞いて下さい。
多羅尾を解説しないとこの”水琴窟跡”の凄さは解りません。

滋賀南部、甲賀地方一帯は
藤原氏の流れを汲む近衛氏の荘園でした。
戦前の総理大臣近衛文麿の一族です。

ちょっと前の総理、
陶芸家で日本新党の細川護煕さんもその一系です。
(僕は純朴陶芸家ですがこの人は元総理陶芸家です。)

それを地元の豪族、多羅尾氏が
奪い取っていったみたいです。
室町時代、戦国の世の話です。

ですから多羅尾を中心とした地域は
元々は時の中央政府の
勢力外みたいな所だったと思います。

それが徳川家康の伊賀越えの時に協力したみたいです。
天下がどう転ぶか解らなかった時に
多羅尾は家康に付いたわけです。
さすが狸親父、一体どんな手を使ったのでしょう。

京を中心に事実上のクーデターが起こってる時に
多羅尾はとにもかくにも家康に協力した訳です。

考えたら恐ろしい事です。
もし明智の天下になっていたら
多羅尾は郷ごと葬り去られたでしょう。

情報収集にかけては
伊賀、甲賀は当時から優れていたのでしょう。
家康もかなりの事を言ったに違いない・・・。

その時の恩に家康が報いたのが
多羅尾代官所設置の経緯と言われています。

・・・やっと多羅尾及び代官所の説明が出来ました。
そこの水琴窟はこの【後編】で解説します。

全く水琴窟に辿り着きませんでした。
申し訳ない。

次回、
水琴窟の”水音”を訪ねる旅(12)の【後編】やります。
そこでたっぷり水琴窟”跡”をご紹介します。
お楽しみに。

※多羅尾代官所跡
現在(2015年12月時点)は市の管理になっています。
春と秋には公開されます。

地元の多羅尾区民の方々が
有志で保存会を作っておられ
公開期間中は見学イベント等を行う事もあります。
是非、水琴窟跡も観に行って下さい。

水琴窟の”水音”を訪ねる旅(12)【後編】はこちらから。

水琴窟の”水音”を訪ねる旅(11)滋賀県大津市坂本 日吉大社参道 山王園

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第11回目の水琴窟の”水音”を訪ねる旅、今回は日吉大社です。
こんにちは、水琴窟を追いかける水琴窟陶器屋、奥田大器です。

比叡山延暦寺の麓、日吉大社に行ってきました。
第一回目の水琴窟の旅が延暦寺でした。
麓にも水琴窟があるとの噂を聞いて行きました。

しかし・・・正確に言うと日吉大社にあるのではなく
参道沿いの住民の方が作っていて見学自由になっていました!!

それでは魅惑の水琴窟ワールドスタートです。
【行った日 平成27年3月中旬】
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比叡山の麓の静かな門前町坂本です。
その日吉大社の参道に”水琴窟”があります。

この鳥居を日吉大社の方に歩いて行くと左手に看板が見えて来ます。
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山王園です。
どうですかこの年季の入り様。後でその訳が解ります。
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その前にこんなホワイトボードが立っています。
少し見難いですが「水琴窟の水の音」と書いています。
どうやら自由に入っても良さそうです。
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遠慮なく入らせて頂きました。
完全に民家の庭です。
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山王園さんです。
この家屋の奥に水琴窟がある様です。

奥に進ませてもらうと・・・、
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ありました~!!
感動のご対面です!!

やっぱり看板あります。
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こちらこの水琴窟を作った川合さん。
山王園の園長さんです。

この川合さんが近所の子供たちに音を聴かせる為に作ったそうです。
しかも40年前に・・・。

40年ですよ、普通詰まりますって。
この山王園も40年前からこつこつ整理してやってこられたそうです。
40年経っている水琴窟の音を聴かせて頂きましょう!!
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オーソドックスな竹筒で聴くタイプです。
耳を近づけてみますと・・・、

めっさええ音!!
弾ける透明感のある金属音が聴こえて来ます!!


なんと40年間埋まっている甕の掃除とかはしてないとの事!!
これは驚きです。普通そんだけ時間が経てば詰まります。
なぜ詰まらないのか、作り方聴かせてもらいました。
なるほど!!と言った感じです。
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手作り感がとても素敵な水琴窟です。
川合さんと話してる間にも、
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参拝客の方が入って来て”水音”を聴いていきます。
「おお~。」と言って帰って行かれます。
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これが埋まっている甕です。
お庭の至る所に有りました。
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こんな感じですね。他にも、
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これは醤油樽を改造させた茶室だそうです。
今は使ってないそうですが昔はここで近所の人達とお茶会をしたそうです。

川合さんの話によると、
坂本も人が減って来ていて他に移り住む旧家の人が多いそうです。
しかし歴史がある土地ですから家に骨董品的な日用品が沢山あるそうです。

皆がそれを処分するのは忍びないので川合さんの所に持って来るそうです。
ですので山王園には面白い物が沢山ありました。
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これは持ち運び行燈です。
話を聴いたら江戸中期の物、これももう少しで捨てられるところだったそうです。
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これは煙草盆。初めて見ました。
中は、
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こんな感じでキセルのセットが入っている訳です。
めっちゃ貴重やんと思います。
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これはほんの一部です。
この川合さんの山王園にはおもろいもん沢山あります。

話が水琴窟から脱線してしまいましたが”超”お勧めです。
水琴窟好きなら行って損なしです。
又、この川合さん色んな事を説明してくれます。

それから水琴窟ですがかなりいい音です。
はっきり言ってお金掛けてたり、ちゃんとした施設の中の水琴窟で
山王園より響いて無い水琴窟沢山あります。

作り方の話は大変参考になりました。
応用をしっかり考えたいと思います。

日吉大社にも参って来ましたのでその写真も載せておきます。
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素晴らしい鳥居です。
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猿塚です。
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日吉山王大権現様です。
いいお顔です。
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東本宮です。
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石畳です。
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平成27年の厄年早見表です。
折角写真を撮ったので少しだけですが”旅情”をお届けします。

最後に川合さんが焼いた器に書いていた言葉、
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「この土で 夢を焼いた それ人生」
『大器の器』もこの域を目指したいと思います。

それでは第11回これにて終了です。
第12回目の水琴窟の旅でお会いしましょう!!
皆様さようなら。

水琴窟の”水音”を訪ねる旅(10)京都市 桂川PA(上り)

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この水琴窟の水音を訪ねる旅も記念すべき10回目です。
すばらしい。なんでも10回続けるのは大したもんです。

その記念すべき10回目が”桂川PA”です。
妙心寺とかと思ったでしょう。
それはまだ後に取っておきます。

なんせ場所が場所だけに
日本で一番人目に付いている水琴窟かも知れません。

京都はPAにも水琴窟があります。
やっぱり古都はあなどれません。
“雅”に命を懸けています。

それでは水琴窟探訪記スタートです。
【行った日 平成27年2月初旬】
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見て下さい。
完全な高速道路PAです。

一見、水琴窟がある様には見えません。

水琴窟どこにあるかと言いますと・・・、
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トイレの中に設置されているのです。

なぜなんでしょう!?
確かに水琴窟の起源は
厠の手を洗った水を反響させたという説があるそうです。
それに因んでいるのでしょうか?

トイレの中ですのであまりでっかい一眼レフカメラで
パシャパシャ撮る訳にはいきませんので
スマホのカメラで失礼します。
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あら、可愛らしい。
水受けが凝っています。

全体はこんな感じ
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正にお手洗いの横に設置されています。
竹筒から聴くタイプです。

早速聴いてみましょう。
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なかなかええ音やないかい。

こちら音が聴ける動画です。


僕がスマホで撮影した物ですので
音に限界がありますがなかなか綺麗な”水音”です。
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やっぱり可愛らしい。
水受けの袋の感じがやっぱり可愛らしいです。

こんな形で水受けが彫刻されている
水琴窟は見た事がありません。
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水も常に循環しています。
ですのでいつでも”水音”が聴けます。

ユニークで可愛らしい水琴窟です。
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折角ですので
こんな角度でも一枚。

そして、
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やっぱりあります。
水琴窟解剖図!!
マストアイテムですね。

どこの見ても同じ様な絵のタッチなんですよね。
書いてる人なり会社同じなんかな。
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紹介されていますね。水琴窟の名刹が。
圓光寺の探訪記はこちら
『大器の器』もいつか紹介されたい。

しかしやっぱり京都は水琴窟の名所、宝庫です。
まだまだ聴きに行かねばならん所が沢山あります。

京都と水琴窟の関係を一回調べなくては
いけないと思っています。

後、水琴窟の由来ですね。
これが諸説ありましてよく分からないんです。

一回このブログで整理したいと思っています。
水琴窟の歴史に詳しい方を訪ねたいです。

もし知り合いにそんな方知っているという
人がおられましたら『大器の器』まで御一報下さい。
宜しくお願い致します。

高速道路PAに水琴窟がある街”京都”
水琴窟陶芸家にとっては避けては通れない都です。

次は宝泉院に行きたいな~、
いや日吉大社かも知れません。
岡山という話も出ています。

第11回もこうご期待!!

それでは
水琴窟の”水音”を訪ねる旅、第10回はこれにて終了です。
皆様さようなら!!

【追記】
今年の春
4月17、18、19日の3日間
『大器の器』で水琴窟のイベントを行います。

題して
『朝宮茶飲んで水琴窟の水音を聴こう!!』
と言うイベントです。
詳しくはこちら

『大器の器』が製作する
陶製水琴窟『陶琴』に興味のある方は
是非お越し下さい。

待ってます!!