29年前の信楽から


皆さんお疲れ様です。類まれなるビジネスセンスを持つ(桂三度談)純朴水琴窟陶芸家の奥田大器です。決してガチガチでは無かったと言い切ります。

昨夜、冨増純一さんの限定講演配信を見ていました。信楽焼の歴史を話す。とてもじゃありませんが一度では話し切れないと思いますが大変勉強になる講演でした。ネットの恩恵は凄い。家にいながら試験場からの講演をテレビ画面で受けられる。2時間に渡る大講演でしたが全部聴きました。試験場研修生OBへの限定公開だったかも知れないのでOBで良かった∼。

そこでも話が出ましたが現在の信楽焼産地の諸々の状況はあの29年前、世界陶芸祭にあると。信楽町(当時)が世界の冠を付けて博覧会をやった。そして信楽高原鐡道とJR西日本の事故が起こりとてつもなく不幸な結末を迎えた。そこから甲賀市への合併があり”信楽焼”という産業であり文化であり、生活であり地域経済である物がどう変遷したか。

色々な意味であの1991年が今(2020年)に続く転換点であったと。確かに冨増先生のお話には大時代的な公共事業的観点が沢山含まれていたと思います。(そこはさすが元町議)その点では若い世代(若い世代と言っても40代位)と感じ方は少し違うのかなとも思います。しかし大きな、それこそ行政的に、信楽町単体とは違う旧5町全ての最大公約数を探して信楽に還元させる方法を考えなければならないといのは(少なくとも俺は昨日の話からそう感じた)その通りだと思います。

それを実現、また取組み続ける為には信楽焼の中から声を上げる、働きかけ続ける。それを行動し続けないとこれから信楽焼の未来は明るくない。結局現代も昔も出来る事は同じなのかとも感じました。

最期に火鉢から植木鉢、水鉢、傘立て、狸の置物。これらに変わる信楽焼のオリジナル陶器商品を作らないと信楽焼の復活は無いとも仰ってました。陶風呂の次。信楽の土の特性を活かした信楽焼にしか表現出来得ない陶商品。この動きが全く見られないと。今や全国の焼物産地は食器ばかり作ってる。信楽も食器中心だ。しかし食器の陶器的特性では他産地に信楽では勝てない。だから何か考えなければならない。

そこに水琴窟だと僕は勝手に思ってるんですけどね~。冨増先生には全く認識もされて無い感じでした。頑張りましょう。水琴窟にも色々ありますからね。信楽焼の特性に水琴窟が適うのかどうかはこれにはこれで話があります。いつか僕の頭で考えが整理出来たら話したいです。

今まで書いてきてこの文章めっちゃ解り難い。書いてる自分も何が言いたいのかよく解って無いからです。書きながらそう感じた。解りやすい文章っていうのは誰が読んでもしっくりきます。難しい事が書いてあるんですがそう感じさせない。それは書く人が何を言いたいかをハッキリ持っているからです。まだまだ僕は”信楽焼”に関して何を言いたいかをハッキリと持っていないんだと思います。

これからしっかり考えて行こう。

【陶琴Presents 水沁み出しラジオ】#11
・信楽の陶器屋、世界のナベアツに会う
・冨増純一さんの話を聴いて